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なまずの寝床探し



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古くからの友人が突然訪ねて来た!

古くからの友人が突然訪ねて来た。

「なまず屋」に来ていたお客さんで、もうあれから30年余りになる。

年数が経ち頭も白くなっていたが、生き方は変わっていなくて昔のままだ。

田舎に住んでいる彼は、自分で家を建ててしまったからスゴイ!

しっかりした己の生き方を持っていて、それを形にしていく彼の人生は素晴らしい。

久しぶりに会い話は尽きづ、気持ちがハイになり多くの良い気を貰った感じがする。

人間、いい環境に住み、気の会う仲間と出会えれば、更に面白い生き方ができると実感した一日だった。

平成24年の初詣

平成24年1月2日、近くのお寺「光明寺」へ参った。

訪れている人も余りいなくて、ゆっくり参拝できる。

普段は入れることもできない本堂に上がれた。 

よく散歩に来るところだけど、初めて本堂に上がることができて、今年は更に昇り龍の如く運気が上昇するだろう。

次は帰り道の途中にある神社「赤根天神社」へ詣でた。有名な神社は人が多くて行く気になれない。

さすがにここは誰一人いなくて落ち着いた気持ちで参拝できた。

嫁さんと娘が拝んでおります。

置物に一円玉が咥えられていました。これは何なんでしょう?

63歳で逝ってしまった柳ジョージ

ジャニ子さんのブログを読んでビックリ・・・「柳ジョージ」が亡くなったとある。

「え~・・・!!!」、もう言葉が出ない。俺と同じ年の63歳で逝ってしまった。

演歌や歌謡曲が全盛の時代に「R&B」を基調とした音を出していたから、日本でもお気に入りのミュージシャンだった。

心の底から絞り出てくる渋いヴォーカルは、ブルースを歌うには最高です。

心に優しく響き渡るギターの音色がたまらなく気持ちよくさせていた。

日本のクラプトンだとか言われていたが、柳ジョージは柳ジョージだよ!

同い年で逝ってしまった柳ジョージの音を、身に詰まる思いで聴いております。

今頃はレイ・チャールズとセッションでもしてるかな?

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「なまず」と「花」?

「なまず」と「花」?ガラでもないのですが、

夏の日の終わり、最後のハイビスカスが綺麗に咲きました。

夏の間、早朝に咲き夕方には散るという短い命です。

まったく花には興味ないのですが、嫁さんが買ってきたので水をやるのが日課になっていました。

不思議なもので、毎日世話をしていると花が咲くかどうか気になり、つぼみができると、「もう少しすれば咲くな!」と、チョッピリわくわくしました。

また来年の夏が来るまで、せっせと毎日花の世話をします。

それまで枯れずにいてもらいたいです。

それにしても「なまず」が花の世話をするとは、ロン毛の頃を知っている者にとっては、信じられないでしょう!

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生き残り白虎隊の孫、長州藩士ひ孫と対面

今日の新聞に「生き残り白虎隊の孫、長州藩士ひ孫と対面」の見出し・・・以下、朝日新聞より記事引用。

「戊辰戦争の際、自刃した会津藩の白虎隊で唯一生き残った飯沼貞吉(1854~1931)と、貞吉を地元に連れ帰って育てたとされる長州藩士の楢崎頼三(ならさきらいぞう)(1845~1875)の子孫同士が18日、上京区の府庁旧本館で初めて対面した。長年秘密にされてきたこの史実を裏付けるため、2人は情報交換することになった。」

いや~、凄いことですな~。幕末から明治に変わる頃の時代が特に好きな「なまず」にとっては、興味あることです。「楢崎頼三」のことを知らないので調べました。

長州藩士の楢崎頼三は、「四境戦争」、「鳥羽伏見の戦い」を経て関東各地を転戦し、その後、会津に至り、鶴ヶ城攻囲戦の指揮を執り陥落させた人物でした。その彼が何故、敵である貞吉を連れ帰って育てたんでしょうね?

一説によれば、「貞吉が飯盛山で仲間と共に自刃に及んだものの死に切れずに蘇生、救出されたことを恥じて悶々と日々を過ごし、殆ど外出もせずにいることを聞き知った楢崎が、貞吉の心情を哀れんで長州に伴ったのではないか。」とあります。武士として他の隊士と共に死ねなかった貞吉の気持ちに「ジーン」としたのかな?まだ中学生ぐらいの子供が自分で喉を突いたのですから、あの時代に生きた者達の精神力、生き方は想像できません。

維新後、楢崎頼三はフランスへ留学し、結核によって30歳の若さで亡くなり、墓碑は今もパリ市内のモンパルナスにあるそうです。

30歳ですよ・・・なまずは63歳・・・どんだけ生きてるんでしょうね?

白虎隊は弱冠15~18歳ぐらいでしょう。

常日頃思っている「どう生きるか」を肝に銘じた新聞の記事でした。

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メリ婆のウンチを踏んでしまった!

昨夜、メリ婆のウンチを踏んでしまった!

薄暗くて分からなかった。

足の裏に感じた冷たくて柔らかい感触・・・「あぁぁ・・・」と叫んだが、後の祭り・・・最悪じゃ~。

ライスも食べて、ワンツー(我家では用を足すこと)も済ませているのに、何故?

外へのドアも開いているのに・・・

その前にウロウロしていたから、おかしいとは思っていたのだが、まさかウンチをするとは、もうボケてきたか?

でも、まあ~、運が付いていいのかもしれない。引越しをしてからいい感じになってきているので・・・夢が叶うのかな?

20代の時の夢は、益田市に「ロック喫茶」を創ることだった。それも叶えられた。

今度は自分のライフスタイルが活かせるスタジオを創ることが夢だ。

今63歳だから、70歳になる頃には実現させたい。

その頃には、メリ婆はおらんな・・・

何時も寝ているメリ婆です。

以前は電話の呼び鈴やインターホンのチャイムの音に反応していたのが、今では無反応・・・耳が遠くなったのか、それとも、もうどうでもいい、面倒くさい・・・ようわからん?

それにしても、うらやましい・・・

オアシスのエンディングテーマで「BECK」の株が上がる!

 

息子がレンタルしてきたビデオを仕事をしながら観ていた。

題名は「BECK」・・・5人の若者のロックバンドの物語。

響いてきたサウンドがなかなかカッコイイ!

仕事は中断してテレビの前に陣取り集中して観る事にした。

家族全員(・・・と、メリ婆)がロックバンドの映画に見入っている光景は、傍目から見てどうなんやろうね?

最近の日本もこのようなロック系の映画ができるようになって、非常に喜ばしい事です。

これを観てギターを始めたりバンドをやる若者が増えるだろうな・・・そうなることを望むよ!

ラストに流れてきた音・・・どっかで聴いたことがる・・・なんと、

オアシスの「Don’t Look Back In Anger」

エンディングテーマにこの曲を持ってくるなんて「BECK」の株が上がるだろう!

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早朝ウォーキングで発見した古墳

「なまず屋新装開店」ではないですが、やっと新しくブログができました。

以前から利用していたWordPressで書いていきます。

一発目は「ロック?」かと思いきや、早朝ウォーキングで発見した史跡のお話しです。

大通りを歩いていると何やら立て看板があるではありませんか。よく見ると・・・なんと・・・「今里車塚古墳」とあるではないですか。

「この住宅街に古墳があったのか!」と驚きました。

全長約75メートルの前方後円墳が5世紀前半(古墳時代中期)に造られたというから大したものです。

                

現在では大通りができて住宅街になり、姿かたちもありません。

長岡京市は歴史的埋蔵物が多くあり、これからの探索が楽しみになってきました。

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力を合わせよう!

東北の地震から1週間・・・テレビに映しだされる現地の悲惨な状況を、日々涙しながら観ていました。
ブログも書く気持ちになれずにいたところ、ジャニ子さんのブログで紹介されていたダイアナ・ロスの「If we hold on together]///力を合わせて進んでいけば・・・夢が消えることはない///を聴きました。
目頭が熱くなり、津波で流されてしまった多くの人たちのことが・・・・言葉にできません・・・
この曲のように「力を合わせて進んでいけば、夢が消えることはない!」と思います。
今、これを読んでくれている皆さん・・・力を合わせましょう!!!
 
 

2011年03月19日
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カテゴリ: 日記

はるか彼方に比叡山

写真.JPGはるか彼方にみえる山が比叡山です。
京都にいながら、まだ一度も登ったことが無い。
信長が焼き討ちした延暦寺があるので、行ってみたいと思いつつも23年の年月が経ってしまった。
向日市にいた時はみえなかったが、ここ長岡京市からはよくみえる。
それだけ海抜が高いのだろう。気温も少し低いようだ。
天気が続いて新聞配達にはいいのだが、風が強く又緩やかな上りになっているから、ペダルを踏むのに倍力がいる!
200軒あまりの配達もようやく覚えることができた。
これからもマイペースで一歩一歩前に進んでいこう!